続・人類なおもて往生をとぐ        連載第9

                                阿竹 克人

前号までのあらすじ、愛知県職員三田信子は太陽熱で浮上する飛行客船「飛鳥X」に乗って沖の鳥島市に着いた。「飛鳥X」は48時間で大阪、名古屋、東京の各都市から伊豆諸島、小笠原、沖ノ鳥島、大東島、沖縄を経て大阪に戻る「タイフーンクルーズ」と呼ばれる周回コースに就航している。沖ノ鳥島市は人口三万人の文字通りの意味で海に浮かぶ人工海上都市で、外観は環礁に囲まれた自然の島のように見える。そしてその礁湖は太陽エネルギーと海水からマグネシウムなどさまざまな資源を取り出す海洋コンビナートだった。信子は水平にも動く超伝導エレベータ「ホレレ」に乗って島の高層階にあるホテルサンセットにつき、部屋から飛び立つ飛行船を見送った。

海上都市と飛行船物語 地球は200億人分の幸せを用意している。

 

第四章      ゼロエミッション

 飛行船に見とれていると携帯の着信音がした。沖ノ鳥島市総務課長の中村からメールが入っている。お出迎えにいけず済みません。となっているがこちらからお断りしたのだ。着いた夜からお仕事はしたくない。明日は中村課長に案内されて島を回るはずだ。

三田はこの島のコンビニに興味があった。うわさでは本土から物質電送で送られてくるものがあるという。それは情報だけが送られてきて、島で取れる原材料を使って三次元プリンターで生成されるものだ。オンデマンド出版の製品版だといえる。

 し尿処理施設にも興味があった。三万人分の排泄物は島の西にある礁湖で海産物に替わると聞いている。さっき使ったトイレは航空機のトイレに似ていて、あまり水がでないのに空気音とともにさっとなくなっていく。聞くところによると固体と水分に分けられ水分の多くは中水としてトイレに再利用されたり、庭などにまかれる。固体は一定量がカプセルに入り、そのままメンテナンス用のホリゾンタルエレベーター(ホレレ)で運ばれるらしい。下水管という不衛生なものがこの島にはないのだ。

カプセルの中には純粋培養された特殊な蛆が仕込まれていて、固形物を食べて成長する。一週間もすると固形物は無臭の肥料に変わり、成長した蛆虫は自分で這い出してくる。これはそのまま魚や鳥のえさになる。まわりの礁湖の一部ではそれらを利用した魚の養殖や、海草の栽培が行われている。

たしかに昆布など海草は光合成の効率が高い。二酸化炭素の削減には効果的で、三万人の食糧自給ができてもおかしくない。ゆくゆくは地球には200億人の人間が住むことになるだろう。この沖ノ鳥島市の実験は200億人を支える技術として世界から注目を集めている。地球温暖化で遠からず水没するミクロネシアやポリネシアからの視察も増えてきた。考えれば沖ノ鳥島は世界に先駆けて水没しているのだ。21世紀は世界中の造船所が都市を作る時代になるのかもしれない。

 晩御飯を食べに行く時間は過ぎているのだけれど動くのが面倒だ。ホテルの最上階に展望レストランがあるらしいが高そうだ。あまりおなかも空いていない。飛行船の中では船内レストランがバイキングだったので意地汚く食べ過ぎた。とりあえずシャワーだけ浴びて自販機の冷えたビールでも飲んで寝よう。明日は早く起きて島を散歩しよう。すべては明日だ。

飛行船から見えた池のある山上公園にいってみたかった。ハンサムな男の子に会える気がする。池でイケメンなんちって。思わず親父ギャグを口ばしる三田であった

 

第五章 招かれざる客

三田信子がホテルで飛鳥を見送っていたころ、空港送迎デッキから同じ飛鳥Xの離陸を見送っている男がいた。

男は飛鳥Xに密航してきたのだった。東京を出るとき早めにクルーズの貨物作業員を装って乗り込み、トイレですばやく着替えた。

下船の際のチェックは乗船時とちがって、ないに等しい。飛鳥Xは国内便なので当然パスポートのチェックもない。まんまと到着ロビーに降りそこから送迎デッキに回った。到着客だと思われるといろいろ面倒なので、送迎の人に紛れ込んで一緒に市内に入るつもりだった。

男の名は阿多慶、中国から留学ビザで日本に入国し、コンビニでバイトばかりしていた。そこでこの島の話を聞いた。なんでも中国に対抗するためにできた人工島で、各国の一流企業の研究者が多く住んでいるそうだ。お金持ちばかりでセキュリティもあまり厳しくないらしい。もぐりこんでしまえばいろいろいいことがあるに違いない。

東京にいる間にネットで情報を集めた。この島にもコンビニが10軒以上ある。きっと時給は高いに違いない。

さらには美術館も科学館も図書館もある。大学もある。いろいろ金目の物もあるかもしれない。企業秘密も満載にちがいない。この島の写真をいっぱい撮っておけば本国の情報局にきっと高く売れる。なにしろ3万人が暮らす都市である。特に発電所の位置や、上水道の様子などは重要な情報のはずだ。

 今日泊まるところは別に決めてないが、なあにネットカフェくらいあるだろう。お金はないが、おなかはいっぱいだ。飛鳥Xのなかでバイキングを腹いっぱい食べた。ついでに缶ビールも4, 5本こっそりバッグに詰めて来た。

 ・・・そういえばとろうと思ったケーキを先にもってった女がいたな。こっちの顔を見て、ピースサインかなんかだしやがった。かなり酔ってたんじゃないの。まあこっちもだけど。

地味目のスーツだったけど、わりといい女だったかもしれない。ていうか、かなりいい女だった気がしてきた。そのときは色気より食い気に走っていたので、ケーキを取られたほうがしゃくだったけど。まあすぐまた出てきたからよしとしよう。あの子もここでおりたんだろうか。だとするとまたあえたらいいな。

 などと思っていると、みんな次々に丸い形の変な乗り物に乗り込んでいく。まるで観覧車のゴンドラが横に動いているみたいなかんじだ。なにやらカードを読み取り機にかざしている。どこかにあれを売っている券売機があるのだろうか。見回しても見当たらない。

「スミマセン、ソレ、ドコニウッテマスカ」と乗ろうとしているにいるおばさんに聞いてみる、わざとたどたどしい日本語で。日本人は基本的に外国人には親切だ。

ところが「えっ」と驚かれる。この島の人間はみんな持っているはずで、よくわからないけど空港の係員に聞いてみればという。どうやらIDカードのようなものらしい。ご親切に近くの係員に声をかけたものだから、それらしきひとがやってきた。ちょっとややこしいことになってきた。

「どうされましたなも。」「あーえっと、歩いて町には行けませんか?せっかく良い宵なので」とできるだけあやしくない日本語に切り替える。「ああ酔い酔いね。それでしたら、その先の階段を下りられると、すぐ下の階の出口からプロムネアドにつながっとりますで。海沿いをまわるんで結構かかるかもしれんがなも。」どうもありがとうといって早々に立ち去ろうとする阿。数歩離れたとこで「あーそうそう」と呼び止められる。「これもってきゃー」といって島の案内図をわたされた。そのとき画像が撮られたことに阿は気がつかない。

 プロムナードはマングローブの間を縫っていて野趣たっぷり、というか手入れがあまりされていない。頭の上をさっきの観覧車のゴンドラが通り過ぎていく。

人影はあまりなく、たまにであうのはカップルばかり。時々ジョギングをしている人や、犬を連れた人とすれ違う程度だ。潮の香なのだろうか中国の海辺とはかなり違った、なにやら濃密なかおりが漂ってくる。なれてしまえばそんなに不快なにおいではない。

10分ほど歩いて本島にたどりついた。海岸沿いは椰子の並木のひろい通りになっていて、野外にショップが軒を連ねている。レストランもある。夜でもビーチで泳いでいる人もいる。

ようしとりあえず潜入に成功だ。と思っていると向こうから警備員風の男が近づいてくる。自分に向かってきているような気がしたので、とっさに向きをかえて建物の中に入ろうとする。と目の前で、開いていたドアが突然閉まった。後ろから警備員が近づいてくる。「すんません。カード見せてもらえんですか。」阿は振り向きざまに走って逃げた。

 

次号に続く