続・人類なおもて往生をとぐ        連載第7

                                阿竹 克人

海上都市構想

 最近海上都市構想に興味を持っている。もともと自動車交通を捨てた高密度で低環境負荷の都市を提案していたが(高密度森林都市構想で検索してみてください。)既存の都市を高密度に改造するより新しい都市を海上に浮かべるほうが簡単かもしれないと思い始めた。

海上都市はこれまで菊竹さんが精力的に提案してきているが、バックミンスター・フラーも正四面体状の海上都市を提案している。あまり知られていないが古くはジュールベルヌも浮かぶ海上都市の小説を書いている。今改めて海上都市を提案する気になったのはいろいろ理由がある。人口爆発と地球温暖化である。

今世紀は温暖化問題解決のためにも炭素系の燃料から水素系の燃料に移行すべきだと思っているが、海水を太陽エネルギーで分解して水素を発生させる試みがサンシャイン計画以来続けられている。海水には塩素とナトリウム以外にも硫黄やマグネシウム、カルシウムなど多くの元素が溶け込んでいる。それらはエネルギーさえあればまさしく無尽蔵な資源として取り出せる。太陽エネルギーと海水から化学コンビナートができるかもしれない。ということで前号で紹介した名古屋国際都市問題研究会の公開講座で前座として海上都市構想を提案し、機関誌の方にこれをテーマとした小説のようなものを書いてみた。新しい年を迎えるにあたり、23回の予定で紹介したい。最初はなぜか飛行船から始まるが。

 

海上都市と飛行船物語 地球は200億人分の幸せを用意している。 

         

序章 飛行客船「飛鳥]」

 「お客様にご案内いたします。本船はまもなく定刻より30分早く、沖の鳥島港に到着いたします。到着予定時刻は18時30分。現地の気温は26度。湿度70パーセント・・・。まもなく左舷前方に沖ノ鳥島市が見えてまいります。お降りのお客様はお支度の上しばらくお待ちください。本日も飛鳥太平洋クルーズをご利用いただきありがとうございました。    Your attention please.This ship will soon arrive at Okinotorishima・・・」

乗客の多くは左舷の展望ギャラリーに移動をはじめた。夕闇にくっきり沖ノ鳥島市の明かりが見える。近づくにつれ、しだいに島全体が海に浮かぶひとつの大きな街であることがわかる。

乗員乗客100名を乗せた、飛行客船「飛鳥I」は高度300メートルをたもちながらゆっくりと西に進んでいる。実は60ノットのスピードが出ているのだが、全長300mの巨体のためゆっくりにしか見えない。最大直径が100メートルもあるので遠くからみれば高度300メートルはかなりの低空飛行に見える。

飛鳥Xは太陽熱と水蒸気で浮上する新しいタイプの低環境負荷飛行船である。が、その外観はまるでポップアートのようなカラフルなバナー広告の塊である。エンベロープは太陽光の透過膜と熱吸収膜の二重膜構造になっており、航行には吸収膜と広告を彩る色素増感型太陽電池からの電気を使う。がそれはいわば補助動力で、極力順風となる高度を探し風に乗って飛ぶ飛行帆船でもある。太陽エネルギーの紫外線部分を電気に変え、それ以外の領域を浮上用の熱源として100パーセント有効利用している。高度調整には水蒸気分圧をコントロールし、高度を稼ぎたいときはサウナのようにミストを噴出する。エンベロープの最下部には観葉植物に囲まれた小さなプールがあり、水着の男女でにぎわっている。上を見るとオーロラのような七色のカデナリーカーテンが見える。飛行船で最大の部屋は気積容量140万立米のこの天空のサウナであった。

名古屋の金城埠頭飛行船ターミナルを出たのは午後3時だった。東京は夕方の七時発。ナイトクルーズで深夜に八丈島、翌朝に小笠原の父島到着、途中硫黄島を含む火山列島を遠くに見ながら、東京から24時間かけて沖ノ鳥島に到着する。大変人気が高いクルーズである。このあと飛鳥Xは時間調整をして離陸し、深夜に大東島、とびきりの早朝に那覇、そのあと大阪や名古屋を経由して午後5時に東京にもどる。台風が日本列島を通るコースに沿って風に乗るこの帰りのコースはタイフーンクルーズとも呼ばれている。国内旅行なのでパスポート要らず、2日のクルーズで料金は一等でも5万円、もちろん食事がついている。

第一章 沖の鳥島市

愛知県職員の三田信子は展望デッキから見る沖ノ鳥島市の夕景に見とれた。もともとの沖の鳥島は東西4.5km 南北1.7kmの環礁で、自然の地形としては地上部分わずかに1mほどの岩礁が二つしかなく、波や海面上昇による消失が懸念された。日本はこの島を領土として40万平方キロメートルに達する排他的経済水域を主張していたが、中国はこれは単なる岩礁で国際法上の島には該当しないと主張していた。国際法上の島としての要件を満たすためには、ここに人が住み、経済活動をおこなう必要があった。こうして生まれたのが海に浮かぶ人工都市、沖の鳥島市であった。ところが中国はあれは船であり、国際法上の島には該当しないとの主張をつづけていた。

人工島は東西1Km南北500mで環礁の北200mに隣接して浮かんでいるが、緑に覆われた自然の地形を模しているため、はじめからあった島のようにみえる。中央部は盛り上がり最高部の高さは130mに達する。山の上は公園になっていて大きな池があり、消え行く空の光を映している。街には意図的なライトアップや広告照明はほとんどないが、全体にぼんやりと明るいのは蓄光材が大量に壁面に使われているせいである。もちろん3万人の人口を有する都市なので、照明がそこかしこに見える。多くはLEDによるものと思われる。よく見ると自然の地形に見えた起伏は柱状節理のような住居ユニットの集まりでできていた。植栽がそれを森のように覆っている。

海岸沿いは島を一周する椰子の並木通りになっていて、レストランやショップが建ち並んでいる。毎日繰り返される光景とはいえ、何人もの人が椰子の木ごしに空を見上げる。空から眺めると島の沖合い数百メートルのところで外洋の波が白く砕けているのが見える。本来の沖ノ鳥島のさんご礁ではないさんご礁のようなものが島の沖合いをぐるりと取り囲んでいるのだ。このせいか島の周りの海は非常におだやかである。

島の周りに大きな護岸はない。干潮満潮の差はないのだ。この島は海に浮かんでいるのだから。浮かんでいるといいことはほかにもある。この島には地震がない。人工の環礁を含めると1平方キロメートルを超えるこの島は台風でもほとんど揺れなかった。

島のシルエットにはまだ特徴的なことがあった。山頂近くと島の周辺部に8機の巨大なプロペラが見える。本土でもよく見かける風力発電機であるが、それが発電のためだけでないことを三田は知っていた。平時には発電装置だが、逆に電力を送ってやれば送風装置に変わる。このおかげでこの島は向きを変えたり時速3ノットで航行することができた。もとは伊勢湾内で組み立てられ、多くの住民を乗せたあとタグボートに引かれて湾を出、自力航行でここまできたのだ。沖合いの環礁は展開構造になっており、外洋で広げられたたと聞く。

この島とそれを取り巻く環礁との間のまるで鏡のような水面にも秘密があった。この島を経済的に支えているある装置が水面下にあるためである。真珠いかだではない。それは新しい時代の水田ともいえる。

次号につづく